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東京地方裁判所 平成7年(ワ)10466号 判決 1998年3月30日

原告 坂本綾子 外二名

右三名訴訟代理人弁護士 阿部哲二

同 大森秀昭

被告 有限会社飯室商店

右代表者代表取締役 飯室博海

被告 飯室達子

右両名訴訟代理人弁護士 石川隆

主文

一  被告有限会社飯室商店は、原告坂本綾子に対し金六〇四万六九九七円、原告坂本喜博に対し金三〇二万三四九八円及び原告坂本雅世に対し金三〇二万三四九八円並びに右各金員に対する平成五年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告飯室達子は、原告坂本綾子に対し金二六万四三一九円、原告坂本喜博に対し金一三万二一五九円及び原告坂本雅世に対し金一三万二一五九円並びに右各金員に対する平成七年六月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの、被告らに対する、その余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、一、二及び四項にかぎり仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告有限会社飯室商店は、原告坂本綾子に対し金七五〇万円、原告坂本喜博に対し金三七五万円及び原告坂本雅世に対し金三七五万円並びに右各金員に対する平成五年一〇月一五日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告飯室達子は、原告坂本綾子に対し金八八万九七八六円、原告坂本喜博に対し金四四万四八九三円及び原告坂本雅世に対し金四四万四八九三円並びに右各金員に対する平成七年六月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、訴外亡坂本喜一(以下「訴外人」という。)の相続人である原告らが、訴外人の勤務先であった被告有限会社飯室商店(以下「被告会社」という。)に対し、訴外人と被告会社間の合意に基づき、訴外人の死亡により被告会社が受け取った保険金相当額一五〇〇万円の支払いを求めるとともに、原告らが、被告会社の代表者の母である被告飯室達子(以下「被告達子」という。)に対し、被告達子が、訴外人の死後、訴外人の銀行預金口座から一七七万九五七二円を法律上の原因なく払戻したとして、不当利得返還請求権に基づき、同額の支払いを求める事案である。

一  争いのない事実

1  訴外人は、昭和五九年に、被告会社に就職し、硝子の粉砕作業に従事していたが、平成五年九月一九日、心筋梗塞に因り病死した。原告坂本綾子は、訴外人の妻であり、原告坂本喜博及び同坂本雅世は、訴外人と原告坂本綾子の子である。

2  被告会社は、昭和六〇年五月一日、訴外日本生命保険相互会社(以下「訴外日生」という。)との間で、訴外人を被保険者、被告会社を保険契約者及び保険金受取人、訴外日生を保険者として、保険期間を昭和六〇年五月一日から昭和九〇年四月三〇日、訴外人の死亡または満期のときに訴外日生は被告会社に保険金一〇〇万円を支払う旨の利益配当付養老生命保険及び保険期間を昭和六〇年五月一日から昭和七五年四月三〇日、訴外人の死亡等のときに訴外日生は被告会社に保険金一四〇〇万円を支払う旨の定期保険特約等の保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

3  訴外日生は、平成五年一〇月一四日、被告会社に対し、死亡保険金一五〇〇万円を支払った。

4  訴外人が死亡したとき、訴外人名義の静岡銀行さがみ支店の定期預金口座(口座番号〇〇五七四三六)(以下「本件一口座」という。)、定期預金口座(口座番号〇〇二九〇四三」)(以下「本件二口座」という。)、普通預金口座(〇一二〇一五五)(以下「本件三口座」という。)及び普通預金口座(口座番号〇一三五二九二)(以下「本件四口座」という。)があった。

5  被告達子は、被告会社代表者の母であり被告会社の取締役であるが、平成五年九月二一日、原告らに連絡することなく、訴外静岡銀行に対し、本件一口座から四一万〇一一三円の払戻を請求してこれを受領し、本件二口座を解約し、払戻金二二三万一四九八円を本件四口座に振り替えたうえ、本件四口座から一二五万〇九三三円の払戻を請求してこれを受領し、本件三口座から一一万八五二六円の払戻を請求してこれを受領した。

6  本件一及び三口座の預金の出捐者は訴外人であり、したがって、預金者は訴外人である。

二  争点

1  訴外人と被告会社間に、本件保険契約締結に際し、訴外人が死亡したとき訴外日生が被告会社に支払う保険金相当額または右保険金相当額の一部につき、被告会社が訴外人の相続人に支払う旨の合意が成立したか。右合意が成立したことが認められるとして、右合意に基づき、被告会社が原告らに支払うべき金額。

2(一)  本件二、四口座の預金の出捐者が訴外人であるか。

被告達子は、本件二及び四口座の預金の出捐者は、被告達子であり、訴外人の名義を借りていたものであると主張する。

(二)  本件一、三口座から被告達子が払戻しを受けた金員につき、原告らは、被告達子に対しその全額の返還を請求できるか。

この点につき、被告達子は、訴外人が家賃を未払にしていたので、被告達子が、本件三口座から一一万八五二六円を払戻して、賃貸人である訴外横井に対し、未払賃料九万二〇〇〇円及び迷惑料として二万六五二六円の合計一一万八五二六円を支払ったものであるから、本件三口座からの払戻金相当額については被告達子に返還義務はないと主張する。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  証拠(甲二一、二二の1ないし17、乙一、二、二一、二三、証人黒柳悦子、被告飯室達子、被告会社代表者)によれば、次の事実が認められる。

(一) 大蔵省は、従業員の生命に関する保険契約でありながら、従業員の遺族に保険金が全く支払われない保険は問題であり、従業員の遺族に保険金が全額または相当部分が支払われる旨の社内規定がないような企業に事業主受取の保険を販売することは問題であり、特に入社後間もない従業員にとっては保険加入の承諾も雇用条件のひとつとして受け取られかねないこともあるため、従業員を被保険者とする事業主受取保険契約については、契約内容の詳細にわたる被保険者の同意確認について十分に配慮すべきであるとの指導を生命保険業界に出し、訴外日生も右指導を受けて、昭和五八年ころ、従業員を被保険者、事業主を受取人とする保険につき、保険契約書の受理に際しては、当該被保険者に付せられた保険全額または相当部分が死亡退職金、もしくは、弔慰金として支払われる旨の社内規定例案「生命保険契約付保に関する規定」の写しを徴取する。ただし、同内容の社内規定があらかじめ用意されている企業については、当該社内規定の写しの提出で可とする旨の内規(甲二二の1ないし11)を定めていた。

訴外日生は、右社内規定例案として、左側に「生命保険契約付保に関する規定 1、当社(店)は将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員(職員)に対し死亡退職金または弔慰金を支払う場合に備えて、従業員(職員)を被保険者として、当社(店)を保険金受取人とする生命保険契約を締結することができる。2、この生命保険に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、退職金または弔慰金の支払いに充当するものとする。3、この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して当社(店)は、被保険者となる者の同意を確認する。」と記載され、右側に、会社名欄、代表者の署名押印欄が設けられ、その下側に「左記の規定により生命保険契約を付保することに合意した被保険者はつぎのとおりである。」と記載され、その下側に被保険者の署名押印欄が設けられた定型用紙(甲二二の10)を作定している。

(二) 本件保険契約の生命保険証書(乙一、二)の被保険者欄の署名、押印は、訴外人の自署押印によるものである。

(三) 本件保険契約が締結された昭和六〇年五月一日当時も、訴外人が死亡した当時も、被告会社には、退職金あるいは弔慰金について定めた、就業規則、労働協約、労働契約はなかった。

2  昭和六〇年五月一日当時被告会社を担当していた訴外日生の従業員である黒柳悦子は、証人尋問において、乙二の被保険者欄記載の署名、押印を訴外人に自署押印してもらったときに、甲二二の10の用紙の被保険者欄に訴外人に自署押印してもらった、その際、甲二二の10の用紙の会社名欄、代表者欄にも記名押印してもらっていると証言しており、1(一)及び(二)項記載の事実及び黒柳が、1(一)項記載の内規に反する行動をとるべき事情の存在を証拠上窺えないことからすれば、右黒柳の証言は信用できる。

したがって、被告会社及び訴外人は、本件保険契約締結に際し、甲二二の10の用紙に記名押印あるいは署名押印して黒柳に交付したことが認められる。

甲二二の10の用紙は、商法六七四条に定める、他人の死亡に因りて保険金額の支払を為すべきことを定める保険契約締結についてのその者の同意を証する用紙であるだけでなく、その記載内容からすれば、保険契約締結の目的が、従業員の死亡の際の従業員への死亡退職金及び弔慰金の支払であり、その目的は従業員の福祉目的であること及び右目的のため、支払われた保険金の全部及び相当部分を、実際に退職金または弔慰金として従業員の遺族に支払うことを、保険金受取人たる事業主の社内規定として定める趣旨を記載したものと理解されるし、右解釈は、訴外日生が右用紙を作定した1(一)項記載の経緯にも副うものである。

甲二二の10の用紙の左側には、1(一)項記載の記載しかなく字の大きさも相当に大きいものであって、右側に記名押印、あるいは署名押印する際、左側の記載に気づかないことは通常考えられない。

したがって、被告会社及び訴外人は、甲二二の10の左側の記載を認識、了解したうえで、記名押印あるいは証明押印して訴外黒柳に交付したものと推認できる。

3(一)  被告達子は、本人尋問において、乙二の被保険者欄の署名、押印を訴外人に自署押印してもらった際に、訴外人に対し、被告会社の作業に危険が伴うから、もしものときに被告会社で負担できないようなことがおきちゃいけないから、幾らか足しになるように保険に入りますと説明したところ、訴外人も喜んでありがとうございますと言って保険に入ることを承諾したと供述しており、被告会社代表者は、同人作成の陳述書(乙二三)において、私と被告達子が、訴外人に対し、保険契約を締結する趣旨を説明した、私たちが説明したことは、作業により、万一の事故が起こったとき、被告会社が支払うべき見舞金、退職金等の支払のために保険に入るということでした、訴外人は喜んで承諾し、乙二の被保険者欄に署名押印したのですと供述している。

(二)  (一)項記載の被告達子及び被告会社代表者の供述からすれば、本件保険契約締結に際し、被告会社は、訴外人が死亡等した際、訴外人に支払うべき見舞金及び退職金の支払のために保険契約を締結すると訴外人に説明したこと、訴外人は、訴外人が死亡したときに遺族のためになると喜んで保険契約締結を承諾したことが窺われる。そして、右のとおりの被告会社と訴外人間の話し合いを前提に、2項のとおり、被告会社及び訴外人は甲二二の10の用紙に記名押印または署名押印したものと推認される。

4  1(三)項記載のとおり、昭和六〇年五月一日当時、訴外人が被告会社に対し退職金を請求する権利はなかったこと、2項のとおり、被告会社と訴外人は、甲二二の10の記載を認識のうえ、記名押印または署名押印して訴外日生に甲二二の10の用紙を交付したことが推認されること、甲二二の10の用紙に記入する際、被告会社と訴外人間に3(二)項のとおりの話し合いがなされたことが窺われることからすれば、本件保険契約締結に際し、被告会社と訴外人間で、訴外人が死亡したとき、被告会社が、訴外日生から受け取る保険金の全部または相当部分を退職金または弔慰金として訴外人の相続人に支払う旨の合意が成立したものと認めるべきである。

なお、3(一)項記載の被告達子及び被告会社代表者の供述によれば、被告達子及び被告会社代表者は、被告会社の作業中の事故に因る死亡のときのために保険に入ると訴外人に説明したことになるが、甲二二の10及び乙二には、労災事故に因る死亡に限定する趣旨を窺わせる記載は全くないのは明白であって、仮に、被告達子及び被告会社代表者が労災事故に因る死亡を強調して口頭で訴外人に説明した事実があるとしても、そのことから、直ちに、被告会社と訴外人間で、被告会社が日生から受け取る保険金の全部または相当部分を退職金または弔慰金として訴外人の相続人に支払うのは訴外人が労災事故に因り死亡した場合のみであるとの合意がなされたとまでは認めることができない。

5  被告会社と訴外人間の合意に基づき、被告会社が、退職金または弔慰金として原告らに支払うべき具体的金額について検討する。

(一) 証拠(乙三二)によれば、被告会社は、訴外日生に対し、本件保険契約に基づく保険料として一九〇万六〇〇五円を支払ったことが認められる。右支払済保険料額は、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から差し引くのが相当である。

なお、原告らは、本件保険契約のうち定期保険特約の保険料は、掛け捨てであるから、もともと、被告会社へ戻らないものであるし、甲二二の10の用紙において、「2、この生命保険に基づき支払われる保険金の全部またはその相当部分は、退職金または弔慰金に充当するものとする。」と記載されており「保険金の全部」との記載があるのは、支払済保険料額を控除しないことが前提になっており、また利益配当付養老生命保険の保険料については、被告会社は利益配当金として一五万〇九六五円を訴外日生から受け取っているから、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から支払済保険料を差し引くことは相当でないと主張する。

しかしながら、被告会社が原告らへ支払うべき保険料相当額から支払済保険料額を差し引かないとすれば、訴外人が死亡したときは、訴外人及び訴外人の相続人は何らの出捐をしていないのに一五〇〇万円という多額の保険金相当額を利得することになるが、4項記載の被告会社と訴外人間の合意に、このように被告会社の一方的不利益な合意を含んでいることは通常あり得ないと考えられるし、4項記載の被告会社と訴外人間の合意に、右のような被告会社に一方的に不利益な合意を含んでいたことを認める証拠もない。原告らは、定期保険特約の保険料は、もともと掛け捨てであることを、支払済保険料を差し引くことが相当でない根拠とするが、定期保険特約の保険期間内に従業員が死亡し、以後就労ができなくなった場合と定期保険特約の保険期間内に従業員が死亡せず従業員が就労を継続している場合での被告会社の利益は全く異なるのであって、この点を被告会社が何ら考慮せずに、定期保険特約を締結したとは考えられないのであるから、原告らが、定期保険特約の保険料がもともと掛け捨てであることを根拠とすることは失当である。また、甲二二の10の用紙は定型用紙であり、事業主と被保険者たる従業員間の具体的事情によっては保険金の全額を退職金または弔慰金に充当することを相当とする場合もありうることから「保険金の全部」と記載されていると推測されるのであって、「保険金の全部」との記載から、支払済保険料を控除しないことが前提とされているとは言えない。更に、原告らは、利益配当付養老生命保険の保険料については、被告会社が利益配当金の支払いを受けたことを、支払済保険料を差し引くことが相当でない根拠とするが、利益配当付養老生命保険は、貯蓄としての色彩を強く有する性格の保険であり、保険料の出捐者たる被告会社が、出捐金のいわば受取利息ともいうべき利益配当金を取得したからといって、なにゆえ、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から支払済保険料を差し引くことが相当でなくなるのか不可解であり、この点についての原告らの主張も失当と言わざるを得ない。

(二) 証拠(甲二七、乙二一、二三、原告坂本綾子、被告飯室達子、被告会社代表者)によれば、被告会社は、原告らに対し、平成六年一月ころ、謝礼金との名目で一〇〇万円を交付したことが認められる。原告らは右金員は謝礼金であって、退職金でも弔慰金でもないから、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から差し引くべきではないと主張する。しかしながら、被告会社が原告らに何かをしてもらい、それに対する謝礼として金員を支払うべき事情は全く窺われないから、右一〇〇万円は、名目はともかく、退職金及び弔慰金の趣旨で被告会社が原告らに交付したものであることが認められる。したがって、右一〇〇万円は既払額として控除すべきである。

なお、原告らは、訴外人が死亡したことに因り、被告会社は綾瀬市商工会の特定退職金共済から死亡退職一時金及び県民共済からの退職一時金を受け取っており、右一〇〇万円は右各一時金を原資とするものであるから、右一〇〇万円は、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から差し引くべき既払額にならないと主張するが、原告らが主張する、被告会社が受け取った各退職一時金につき、被告会社が原告らに対し支払義務が生じることにつき何らの立証もなされておらず、原告らの主張は直ちに採用することはできない。

(三) 被告会社は、訴外人が死亡したことにより、被告会社の営業に支障を来たし、損害が発生した場合、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から右損害額を差し引くことができ、実際に訴外人の死亡により損害が発生したから、この損害額を差し引くべきであると主張する。

しかしながら、甲二二の10の用紙の記載は、2項のとおり、保険契約締結の目的が、従業員の死亡の際の従業員への死亡退職金及び弔慰金の支払であり、その目的は従業員の福祉目的であること及び右目的のため、支払われた保険金の全部及び相当部分を、実際に退職金または弔慰金として従業員の遺族に支払うことを社内規定として定める趣旨を記載したものと理解されるから、被告会社の右主張は右甲二二の10の記載の趣旨に反するし、3(一)項記載の被告達子及び被告会社代表者の供述から窺われる訴外人との話し合いの内容からも、被告会社と訴外人との間で、訴外人が死亡したことにより、被告会社の営業に支障を来たし、損害が発生した場合、被告会社が原告らへ支払うべき保険金相当額から右損害額を差し引くことができる旨の合意があったことは窺い得ないから、被告会社の主張は採用できない。

(四) 訴外日生が被告会社に支払った保険金額一五〇〇万円から、支払済保険料合計額一九〇万円六〇〇五円及び既払額一〇〇万円を差し引くと一二〇九万三九九五円になるが、争いのない事実1項記載のとおり、訴外人は、昭和五九年に被告会社に就職してから平成五年九月一九日に死亡するまで約九年間、被告会社に就労していたこと、証拠(乙二一、二三、被告飯室達子、被告会社代表者)によれば、訴外人は、入社以来、廃棄硝子を粉砕機にいれて、粉砕し、粉砕硝子を運搬車に積載する作業に従事しており、粉砕した硝子を扱うことから身体的危険を伴う作業であったことが認められることなどからすれば、被告会社が原告らに支払うべき金額を一二〇九万三九九五円とすることは不相当に多額とまでは思料されず、右金額は、4項記載の被告会社と訴外人間の合意に合致するものであると思料する。

6  争いのない事実1項記載のとおり、訴外人の相続人は、妻の原告坂本綾子、子の原告坂本喜博及び坂本雅世であるから、被告会社は、原告坂本綾子に対し一二〇九万三九九五円の二分の一である六〇四万六九九七円、原告坂本喜博に対し一二〇九万三九九五円の四分の一である三〇二万三四九八円、原告坂本雅世に対し一二〇九万三九九五円の四分の一である三〇二万三四九八円を支払うべきである。

なお、弁済期については、訴外人と被告会社が4項記載の合意をなした目的、経緯からすれば、被告会社が訴外日生から死亡保険金を受け取ったときは速やかに相当額を被告会社が原告らに支払う趣旨であったと解釈するのが相当である。したがって、争いのない事実3項記載のとおり、訴外日生が、被告会社に保険金一五〇〇万円を支払った平成五年一〇月一四日に、弁済期が到来し、被告会社は、右保険金を受け取ることにより弁済期の到来を知ったと思料されるから、被告会社は、原告らに対し、平成五年一〇月一五日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。

二  争点2(一)について

1  争いのない事実4項記載のとおり、本件二及び四口座の名義は訴外人の名義である。

2  しかしながら、一方、訴外人が、生前、本件二及び四口座の預金通帳、銀行届出印鑑を保管、所持していたことを認める証拠はなく、証拠によっても、訴外人が、原告らに対し、本件二及び四口座の存在を原告らに伝えていた事実も窺えない。そして、本件四口座の通帳(乙七の1ないし9)によれば、平成元年四月一七日から平成五年九月二一日に解約されるまでの間の、預かり金額欄には、他店券入金の記号が付された数十万単位の入金が多数あり、被告会社の従業員であった訴外人が使用していた口座とは到底思われない。被告達子は、被告本人尋問において、被告会社振出の小切手の入金用に本件四口座を訴外人の名義を借りて利用していたと供述しているが、右供述と他店券入金の記号が付された数十万単位の入金が多数記載された通帳の記載とは付合する。更に、被告達子は、被告本人尋問において、被告会社の取引先に対する債務を、被告達子が支払い、右支払額を手形金額とする被告会社振出の小切手の交付を受け、右小切手を本件四口座に入金していた旨供述しているが、右供述に関する被告会社の帳簿記載の金額及び被告会社宛領収書記載の金額と通帳への入金額とは時期、金額ともに相当程度一致していることが認められる。また、証拠(乙七の3、一九の2、3、二〇)によれば、昭和六三年一一月二六日に本件二口座に預金された二〇五万〇七一二円は、同日、本件四口座から出金した二〇五万〇七一二円であること、平成二年五月九日に本件二口座に預金された一〇〇万円は、同日、本件四口座から振替えられたものであることが認められる。

3  本件二及び四口座の名義は訴外人であるものの、2項記載の事実及び被告達子は、被告本人尋問において、本件二及び四口座は、訴外人の名義を借りたもので、預金の出捐者は被告達子であると供述していることを考慮すれば、本件二及び四口座の名義が訴外人であることから、本件二及び四口座の預金の出捐者が訴外人であることを直ちに認めることはできないと言わざるを得ず、他に、本件二及び四口座の預金の出捐者が訴外人であることを認めるに足りる証拠はない。

本件二及び四口座の預金の出捐者が訴外人と認められず、したがって、預金者が訴外人であることを認めるに足りる証拠がないのであるから、被告達子が、訴外人の死後、本件二口座を解約し、払戻金二二三万一四九八円を本件四口座に振り替えたうえ、本件四口座から一二五万〇九三三円を払戻したとしても、原告らが、被告達子に対し、不当利得返還請求権を行使できる余地はない。

三  争点2(二)について

証拠(被告飯室達子、弁論の全趣旨)によれば、被告達子は、本件一及び三口座の預金通帳、銀行届出印鑑を使用して、訴外静岡銀行に対し預金の払戻しを請求し払戻しを受けたことが認められ、右事実によれば、民法四七八条等により訴外静岡銀行の被告達子に対する払戻しは有効であると考えられるから、被告達子が、訴外静岡銀行から預金の払戻しを受けたことにより、原告らは、訴外人から相続した預金債権を失い、一方被告達子は右払戻金を取得したことになる。被告達子が、本件一及び三口座の預金の払戻を請求するに際し、原告らに対し、連絡をとった事実はないから、被告達子は、原告らから何らの権限あるいは代理権を授与されていなかったことは明らかである。証拠によっても、被告達子が、本件一及び三口座の預金の出捐者が被告達子であって訴外人ではないと思っていた事情は窺えず、本件一及び三口座の預金の払戻を請求するに際し、原告らと連絡をとった事実もないから、被告達子は、本件一及び三口座の預金の払戻を被告達子が請求して払戻金を受け取ることが法律上の原因のないものであることを知っていたものと推認できる。被告達子は、法律上の原因なく、本件一及び三口座の預金の払戻しを受けて払戻金を利得し、一方、原告らは訴外人から相続した預金債権を失い、被告達子は右利得が法律上の原因がないものであることを知っていたのであるから、原告らは相続分に応じて、被告達子に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件一口座の預金の払戻金四一万〇一一三円及び本件三口座の預金の払戻金一一万八五二六円の合計五二万八六三九円全額の支払いを請求できると解される。

争点2(二)項記載の被告達子の主張が、いかなる法律上の主張であるかは不明確であるが、被告達子の主張どおり、訴外人が家賃を未払にしていたので、訴外人の死後、賃貸人である訴外横井に対し、未払賃料等を支払ったものであるとしても、弁論の全趣旨によれば、被告達子の訴外横井に対する未払賃料の弁済は、賃料債務の債務者である原告らの意思に反するものだったことが認められ、被告達子が右弁済につき法律上の利害関係を有することは、証拠によっても窺われないから、被告達子の、訴外横井に対する弁済は、そもそも無効であるとみられる(民法四七四条二項)し、仮に右弁済が有効であるとしても、被告達子は、訴外横井に対して支払った賃料につき原告らに対し、事務管理あるいは不当利得に基づく支払請求権を有する余地があるが、右債権を自動債権とする相殺の抗弁の主張はない。

争いのない事実1項記載のとおり、訴外人の相続人は、妻の原告坂本綾子、子の原告坂本喜博及び同坂本雅世であるから、被告会社は、原告坂本綾子に対し五二万八六三九円の二分の一である二六万四三一九円、原告坂本喜博に対し五二万八六三九円の四分の一である一三万二一五九円、原告坂本雅世に対し五二万八六三九円の四分の一である一三万二一五九円を支払うべきである。

四  結論

したがって、被告会社に対し、原告坂本綾子は六〇四万六九九七円、同坂本喜博は三〇二万三四九八円及び同坂本雅世は三〇二万三四九八円並びに右各金員に対する平成五年一〇月一五日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度、被告達子に対し、原告坂本綾子は二六万四三一九円、同坂本喜博は一三万二一五九円及び同坂本雅世は一三万二一五九円並びに訴状送達日の翌日である平成七年六月二三日から支払い済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、原告らの請求は理由があるので、これを認容し、原告らのその余の請求は理由がないのでこれを棄却することとする。

(裁判官 宮武康)

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